【SL-2】多能性幹細胞を用いた体節形成過程の再現
EMBL (European Molecular Biology Laboratory) Barcelona
多くの発生生物学者は、初期発生過程をライブで観察・定量したいと思っていますが、哺乳類(特にヒト)の初期胚を用いた実験は、技術的・倫理的に困難です。しかし近年、多能性幹細胞を用いて、初期発生をin vitroで模倣することが可能になってきました。私たちは最近、ヒトiPS細胞から未分節中胚葉を分化誘導し、ヒト体節時計をin vitroで観察・定量することに成功しました。体節時計とは、初期発生時に特異的な遺伝子発現の振動現象で、この振動リズムは体の繰り返し構造(脊椎・肋骨など)を作る基盤です。脊椎肋骨異骨症(Spondylocostal dysostosis: SCD)では、多数の脊椎や肋骨のパターンに乱れが生じるため、体節時計の異常との関連が示唆されてきました。今回、SCDの患者由来iPS細胞を用いてin vitro体節時計を分化誘導したところ、確かに振動の細胞間同期に異常が観察されました。今後はin vitro体節時計を用いて、SCDの新規原因遺伝子の同定を目指しています。さらに面白いことに、ヒトとマウスの体節時計の振動周期に差が見られました(ヒト:5時間、マウス:2時間)。原因を定量的に調べたところ、体節時計の制御因子の生化学反応(タンパク質分解速度、転写・スプライシング・翻訳にかかる時間)が、ヒト細胞ではマウス細胞よりも遅いことがわかりました。体節時計に限らず多くの発生現象は、ヒトではマウスよりも遅いのですが、これらも生化学反応の速さの違いによるものか、知りたいと思っています。参考文献- Matsuda et al., Nature, 580, 124-129 (2020). Recapitulating the human segmentation clock with pluripotent stem cells.- Matsuda et al., Science, 369, 1450-1455 (2020). Species-specific segmentation clock periods are due to differential biochemical reaction speeds.