【S2-1】ヒト胎盤透過性の定量予測に向けたアプローチ
慶應義塾大学 薬学部 薬剤学講座
妊婦や胎児への薬物治療において、胎盤透過性は考慮すべき重要な指標であるが、ヒトで臍帯血中濃度が実測可能な薬物は限られる。そのため、代替手法からヒト胎盤透過性を高精度に予測する方法論の確立が不可欠である。出産後のヒト胎盤を用いたex vivo胎盤灌流による透過性評価は、実組織を用いた解析系として有用であり、報告数も多い。一方、一部薬物では妊婦で得た胎児血:母体血薬物濃度比(F:M ratio)とex vivo胎盤灌流でのF:M ratioが乖離するため信頼性に欠け、十分に活用されていない。我々は、ex vivo灌流実験で得られた薬物濃度推移から薬物動態モデルを構築し、ex vivoでは実施不可能な長時間の濃度推移をin silicoシミュレーションすることで、妊婦で得たF:M ratioを再現することに成功した。つまり、灌流可能な時間には限界があり、一部の薬物では定常状態に到達していない状態でF:M ratioを評価していることが不一致の主要因であるが、薬物動態モデルの併用で定常状態でのF:M ratioを推定することで克服できることを明らかにした。ラットなどげっ歯類を用いた胎盤透過性評価は殆どの薬物で実施されているが、種差の問題があり、こちらも十分に活用されていない。我々は、ラットにおけるF:M ratioはヒトに比べて低い傾向にあること、そしてこの種差の一因はタンパク結合率の種差であり、遊離形薬物のF:M ratioを指標とすることで克服できることを突き止めた。また、胎盤関門に発現する薬物トランスポーターの発現量種差にも着目し、ヒトにしか発現しないトランスポーターや、ラットではヒトの数百倍発現が高いトランスポーターについて、それらが薬物の胎盤透過に及ぼす影響を解析している。代替手法で得たデータから、定常状態における遊離形薬物のF:M ratioを精度高く予測可能することで、薬物のヒト胎児作用予測をより精緻なものとすることを目指していきたい。